さいとうりょうじ Official Website

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2020/8/5 update

車だからコーラで

梅雨と同時に新たなダイエットをはじめた。
1日16時間空腹の時間を作り、ナッツならいつ食ってもいいというものだ。
オートファジーという飢餓状態からの代謝を促すらしい。
言い方を変えると8時間は何食ってもいいので空腹に苦しんだりはしない。
オートファジー発生までボリボリとナッツを食い遅めの昼ごろに1食目を食うのだ。
ナッツってカロリー高い印象あんだけど、とにかく毎日ナッツを食う。
誰にあっても太ったねと言われるがそれでもめげずにナッツを食う。
ただひたすらにナッツを食う。

ミュージシャンにしては珍しく早く起きた。
というのも少し遠くに出かけなければいけないのだ。
グリーン車に乗って夏の車窓を味わおうと朝も早くから支度をしている。
武蔵小杉駅の10:50発に乗れば集合時間に間に合う。
昨日は20:00頃に夕食をとったので今日は12:00から食べていい計算になるのか。

そりゃあいい!
心の中で手をポーンと打って崎陽軒のタケノコを思いながらバスに乗り込んだ。
だが果たして俺は買えるのか?

と云うのも、ここ武蔵小杉駅は日本でも有数のワイドレンジ構造。
本丸たる東横線と南武線の駅舎から開発途上の横須賀線の駅舎は町1つ分は離れている。
本能寺と二条城くらい離れている。
そして開発途上たる横須賀線に崎陽軒はない。

10:35 バスを降りる。
横須賀線から崎陽軒を買って戻る為に与えられた時間は15分。
行ける。
通常片道7分ほどであろう、早歩きをすれば余裕はある。
汗をかかないラインを見極めながら、軽くなったはずの体を確かめるように少し早めに歩く。

本丸までには2つの動く歩道とエスカレーターが1つ。
その2つ目の動く歩道で事件は起こった。

謀反である。

空腹と代謝とナッツの圧迫に耐えきれなくなった腹心達が一斉に牙を剥く。
いまだかかれと俺の下腹部を痛めつける。

いま俺は駅舎と駅舎の真ん中にいる。
さながら本能寺と二条城の真ん中で戦火を見ている。
行くしかない。振り返るな。
全てを手にしろ第六天魔王。
腹心どもの言葉を借りるならば、トイレは本能寺にあり!
トイレは本能寺にあり!

電車への残された時間は13分。
本来は片道7分。
トイレと崎陽軒を済ませこの道を戻る。
走るしかない。出来るだけ早く。
そうか、これはオリンピックなのだ。
幻と消えた祭典は今、開催されたのだ。
世界で1番早いやつを決めようじゃないか。
走れ、誰よりも早く!
人並みをかきわけながら最短の直線距離をとる。
汗が滲む、筋肉が躍動する、胸に背負った日の丸が輝いている。
さぁ走れメロス!
実際に走らなければいけないのは俺のアヌス!
最終コーナーを過ぎた!
飛び込む多目的トイレ!
往路のタイムはまずまずだ!
残された時間は後10分!
この折り返し、時間配分が重要だ!
出来る限り短時間で崎陽軒とのやりとりをメイクしろ。
考えろ、ベストを尽くせ!
多目的トイレに使命を背負った決死の男が1人。
息を切らし、汗をにじませ、食べ物の事で頭をいっぱいにさせながら、本能のままに放出する、なんと多目的!!!
復路のプランはそれでいい。
さぁ走り出せ。
右にコースを膨らませ半身で注文、右手で持ったSuicaでピ、ババアの弁当は走り出し後ろ手で受け取る!
見事なバトンパスに拍手が鳴りやまない!
2時間弱の旅路になる。お茶と雑誌が必要だ。
10:44 あと6分、このスピードを落とさなければ、、

買える。

NEWDAYSに突入、悩む時間はない、通り過ぎる商品棚を横目にお茶らしきものと雑誌らしきものをノールックで掴み即座にレジ!
その間、体感約5秒!
ここから先は簡単だ。力の限りを足に込め、夢と希望に腕を振れ!
5分で復路を走り切れ!
齢は37を迎え選手生命は限界を囁かれていた。フィジカルの衰え、スタミナの枯渇、自分でも分かっている、これが最後のオリンピックと分かっている。
だからこそ走れ、自分のために走れ、誰かの為に走れ、今なら分かる、記録ではない記憶なのだ!
シウマイ弁当とお茶らしきものと雑誌らしきものをまとめたビニールの音が大観衆の歓声に聞こえ始めた頃おれの前にきらめくゴールテープこと横須賀線が現れる。
成田行き、これだ!

滑り込む俺とシウマイ弁当とお茶らしきものと雑誌らしきもの。
やった、おれはやりきった、幾多のトラブルを乗り越え今全てを手にした。
10時50分 成田行き。

ゴールだ。

普通車からグリーン車までのウィニングラン。まばらな乗客がおれを祝福する。
多摩川を渡る振動に揺られ席に着いた俺のシャツに夏の汗が滲んでいた。

汗はなぜ動きを止めた後に噴き出すのだろう。
ささやかな疑問はググる事はせず、まずはこの汗をどうするかを考える。
タオルはない、紙ならある。このビニール袋の中にある。
雑誌の広告の数ページを切り取って汗を拭いてしまおう。
右手を伸ばし困惑する。
取り出したそれは見た事のないデザインをしていて、一瞬それが何であるか分からない程だったからだ。

週刊新潮。

週刊、新潮

人生で初めて買ったよ。買う気も一生なかったと思うよ。
ねぇ週刊新潮。
ノールックで手にしてごめんね、レジでもロクに見てなくてごめんね、何かしら色味のある雑誌だと思っててごめんね、初めて買ったのに1ページも読まないで汗拭きに使い切ってごめんね。
いつかまた会うその日までごめんね。

出会いと別れを繰り返して僕らは生きている。
いつかの再会に愛が芽生えることもあるがその大半は、もう会わないと知りながら「またね」を重ねて生きている。
僕はまた重ねてしまったサヨナラに目を背けた。

冷房の車内、俺だけの空間、清々しい体。
電車は錦糸町駅を過ぎ景色を少しずつ変える。
最寄り駅を横浜駅として生まれ育った俺は、都会っ子だと思われがちだが少し違う。
そこは、知らないババァに怒られる純然たる下町だ。
夏には健民祭というスポーツの祭典が行われ、20を超える町内会が対抗で最強を決める。
古参の多い1丁目に気をつけろ、新興のマンションに負けるなよ、さながら時代錯誤の国盗り合戦の様相で老若男女が兵役をこなしていく。
兵糧として配られたのがこのシウマイ弁当だった。
それが当時その一帯を地盤にしていた菅さん(現官房長官)と崎陽軒の何らかによる恩恵であり催しであったであろう事は今なら想像がつくが当時の少年Rは知る由もなく、ただそれが美味くて大好きだった。
だから俺にとって走ることはシウマイ弁当に対して最大の調味料であり、走破とシウマイ弁当は密接な関係にあるのだ。

大事に残したタケノコの最後の一個を口に入れた頃、強い日差しが降り注いだ。
稲毛駅を過ぎたあたりから景色は緑色に変わっていく。その変化がこの路線は楽しい。
ビルが減ったからか太陽が直接窓に入る。日差しに目を細める。
ウトウトしてきた。

「かぁちゃん当時は珍しい女のPAやってたんだよ、あんな重いもん持たされてさ」
何度も聞いた話と
「りょうじ、車か?何飲む?」
何度もしたやりとりが微かに聞こえた気がした。

成田駅についた。みんな既に集まっていた。出迎えてくれた車に乗りこむ。

「やっぱヤンキーは義理堅いんすねー」
「外国人は減ったんすけど日本人がめっちゃ来て混んでるんすよ」

駅からは20分くらいで着くという。
成田駅から離れるほどに景色は日本の夏の原風景となっていく。
眼前には日本中の誰もが想像できる、夏休み、少年時代、田舎、が広がっていた。

「ここっすね、最近納骨されたばっかりみたいっす」

炎天下の日差しにレモンスカッシュを流し込む。
夏を味わうのはプールや海だけではない。
セミやカエルの声が爆音で混ざり合う太陽の下、桶に花、線香もって歩くのも夏だ。

これどうすんの? 水替えんの?
渋谷のクラブの店員とミュージシャンしかいないもんだから誰も作法がわからない。
まぁいいか。フリースタイルで。かぁちゃんが振舞ったあのスタイルで。
思い思いに線香を持ち、水をかえ、ビールを供えた。

俺だけ随分たってから知ったから、挨拶が出来てなかった。
言いたい事があったからここまで来た。
あなたは音楽が何なのか知っていた。
いつだって音楽を見ていたし、いつだってその音が何か分かっていた。
調子のよい日、機嫌の悪い日、虚勢でごまかす日、どんな日も
かぁちゃん今日のギターはこう思ったよ、こういう音がよかったよ、こういう日もあるね、その全てが的を得ていた。
だからいつか俺の完成したギターの音、演奏を聴かせると思ってた。
かぁちゃんに手放しで完璧だったと言わせてやろうと思ってた。

夏空に雲が白い。炎天下にライターの炎が見えず線香に火がうまくつかない。
なんとも中途半端な火の付き方に、なんだかおれ俺みたいだなと思った。

間に合わなくてごめんね。
最強のギタリストになるからね。

鳴りやまぬセミの声はまた2デシベル大きくなっていった。

帰りの電車を調べながら成田はうなぎの名産地だと思い出す。
少し前から鰻が食べたかった。
コロナと梅雨にうやむやにされた夏のはじまりを探してたような気がする。

騒乱の日本の玄関。
消えた外国人。
下る参道。

マスクの群れ。
うだる熱さ。
下る参道。

汗。
水。
下る参道。

照り返しにぼやける蜃気楼。
手招きする婆と匂い。
やけに高い養殖の珍魚。

食事に許された時間は8時間、これで今日の食事は終わりだ。

あとは、またナッツを食う
また夏が来る

( Pabloの名物かぁちゃんに寄せて )

あ、かぁちゃん。 今日は車じゃないからマリブコーラにするわ